2008年06月08日

もう1つの自然状態?

柄谷行人は『<戦前>の思考』のP63-P64で
 『ホッブスが国家を導き出した論理は、マルクスが『資本論』の「価値形態論」
  で、商品交換から貨幣を導き出した論理と同型です。つまり、すべての商品の
  なかから、一つの商品が超越的なもの(貨幣)として析出され、それ以外の商
  品はこの商品=貨幣を通してのみ交換されるようになる。ホッブスは、すでに
  自然権の「所有者」としての各人を想定し、そこから交換について考えた思想
  家だといえるのです。』
と書いとります。

さらに『トランスクリティーク』のP400でも
 『ホッブスは主権者を説明するために、万人が一人の者(リヴァイアサン)に自
  然権を譲渡するというプロセスを考えた。これはすべての商品が一商品のみを
  等価形態におくことによって、相互に貨幣を通した関係を結び合う過程と同じ
  である。ホッブスはマルクスの次の記述を先取りしている。《最後の形態、形
  態3にいたって、ようやく商品世界に一般的・社会的な相対的価値形態が与え
  られるが、これは商品世界に属する商品が、ただ一つの例外を除いて、ことご
  とく一般的等価形態から排除されているからである》。すなわち、ホッブスは
  国家の原理を商品経済から考えたのである。そして、彼は主権者が、貨幣と同
  様に、人格であるよりも形態(ポジション)において存するということを最初
  に見いだした。』
と書いとります。

だとすれば逆にいうとマルクスが価値形態論で語った「相対的価値形態」、貨幣形
態から遡及的に見出された”単純な価値形態”である「相対的価値形態」というの
は商品の「自然状態」といえるのではないだろうか?

柄谷行人も『マルクスその可能性の中心』のP32で、相対的価値形態について
 『この形態が未完成だというのは、むろん貨幣形態を完成態とみなす目的論的思
  考である。それは未完成であるどころか、”完成された”もののなかで見うし
  なわれる原初の光景なのだ。』
としております。

ということはやっぱりマルクスのいう「相対的価値形態」とは商品の「自然状態」
といえるのではないかな?
posted by 浅谷龍彦 at 22:19| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思索(自由) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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