『ホッブスが国家を導き出した論理は、マルクスが『資本論』の「価値形態論」
で、商品交換から貨幣を導き出した論理と同型です。つまり、すべての商品の
なかから、一つの商品が超越的なもの(貨幣)として析出され、それ以外の商
品はこの商品=貨幣を通してのみ交換されるようになる。ホッブスは、すでに
自然権の「所有者」としての各人を想定し、そこから交換について考えた思想
家だといえるのです。』
と書いとります。
さらに『トランスクリティーク』のP400でも
『ホッブスは主権者を説明するために、万人が一人の者(リヴァイアサン)に自
然権を譲渡するというプロセスを考えた。これはすべての商品が一商品のみを
等価形態におくことによって、相互に貨幣を通した関係を結び合う過程と同じ
である。ホッブスはマルクスの次の記述を先取りしている。《最後の形態、形
態3にいたって、ようやく商品世界に一般的・社会的な相対的価値形態が与え
られるが、これは商品世界に属する商品が、ただ一つの例外を除いて、ことご
とく一般的等価形態から排除されているからである》。すなわち、ホッブスは
国家の原理を商品経済から考えたのである。そして、彼は主権者が、貨幣と同
様に、人格であるよりも形態(ポジション)において存するということを最初
に見いだした。』
と書いとります。
だとすれば逆にいうとマルクスが価値形態論で語った「相対的価値形態」、貨幣形
態から遡及的に見出された”単純な価値形態”である「相対的価値形態」というの
は商品の「自然状態」といえるのではないだろうか?
柄谷行人も『マルクスその可能性の中心』のP32で、相対的価値形態について
『この形態が未完成だというのは、むろん貨幣形態を完成態とみなす目的論的思
考である。それは未完成であるどころか、”完成された”もののなかで見うし
なわれる原初の光景なのだ。』
としております。
ということはやっぱりマルクスのいう「相対的価値形態」とは商品の「自然状態」
といえるのではないかな?
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