2008年05月11日

乳癌について Vol.5

担当医の説明を聞き終え、談話室に戻って、妻のお父さんや妹さんに説明内容を
伝えると、みんなちょっと複雑な表情になり、この結果は妻が気にして聞いて来
るまで妻には伝えないで、術後の回復に専念してもらおうと言う事になった。

妻は、13時半前ぐらいにストレッチャーに乗せられ戻って来たが、手術中、酸素
吸入器の管か何かをずっと喉に入れられていた為に、最初は声が掠れて言葉が聞
き取れなかった。また脇の下のリンパ節を切除した為にリンパ液が溜まるので、
それを溜める為のパックの様な物が管で体に繋げられていた。

声が掠れていると実際は然程辛くなくても辛そうに見える。だが次第に声の掠れ
が直って来ると何時もとあまり変わらない様に見えて来た。何処が痛いとかここ
をこうしてとかいろいろ文句を言い始めた。(笑)
この日はご飯は食べられず点滴だった。

この病院の面会時間は20時までで、多少は疲れてそうだったが、心配する程でも
無さそうだったので20時になると俺は病院を出た。だが妻によるとこの日の夜が
入院期間中で一番辛かったようである。リンパ節切除の影響か、足が浮腫み、寝
返りが打てない為に背中が耐えられない程痛くなったらしい。床擦れに似た状態
だったのだろう。何度か看護婦さんに来て貰ったらしい。

足の浮腫みや夜寝る時の辛さなどがずっと続くのかと不安だったが、翌日からは
徐々に無くなって来て入院生活も楽になって来た様だ。もちろん小脇にリンパ液
を溜めるパックをぶら下げたままなので不便は続いているが、それ以外は特に不
便も無い様だった。このバックが取れると退院できるとの事だったが、その条件
は溜まるリンパ液の量が一日50cc以下になったらと言う物だった。大体2,3週間
掛かると言う事だった。そうだとすると退院は年末になるか年明けになるか微妙
になって来た。

手術から一週間位して天皇誕生日を含む連休になり友達や妻の妹夫婦が次々と見
舞いに来てくれた。天皇誕生日の日は午前中に車のディーラーの所に行って任意
保険の更新手続きを済ませたのだが、そこでディーラーからクリスマスケーキを
頂いた。丁度良かったのでそれを持って病院に行った。こう言う状況だったので
クリスマスの事は何も考えてなかったが、ケーキを貰って妹夫婦と病院で小さな
クリスマスパーティーとなった。因みに俺はケーキが食えない。(笑)

それから手術の後遺症予防の為の体操、リハビリもする必要があった。リハビリ
と言っても手を動かす軽い物。毎日リハビリのちょっとした体操をする以外にす
る事の無く成った妻は、後はリンパ液の減少を待つだけと成った。此の頃に成る
と足の浮腫みも無く成り、他の後遺症も特に出なかったので経過は順調其の物の
様で良かった。
posted by 浅谷龍彦 at 02:07| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(ぼやき) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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