2007年09月30日

専制を和らげるもの?

トクヴィルは『アメリカのデモクラシー』の第1部第5章(P153-P155)で
 『地方自治の制度はあらゆる国民の役に立つと思う。だが、社会状態が
  民主的な国民ほど、この制度を本当に必要としている者はないように
  見える。
  貴族制にあっては、自由の中にもある種の秩序を保つことがいつでも
  期待できる。支配層にとって失うものが多いので、秩序は彼らにとっ
  て重大な関心の対象である。同様に、貴族制の中で人民はゆきすぎた
  専制から守られているといえる。というのも、専制君主に抵抗する備
  えのある組織された諸力がそこにはいつもあるからである。地方自治
  の制度を欠く民主制はこのような弊害に対していかなる防壁ももたな
  い。小事において自由を用いる術を学んだことのない群衆に、どうし
  て大事における自由を支えることができよう。一人一人が弱体で、し
  かもいかなる共通の利害による個人の結合もない国で、どうして暴政
  に抵抗できよう。放縦を嫌い、絶対権力を恐れる者は、地方の自由の
  着実な発展を同時に望むべきである。さらにまた、私の確信するとこ
  ろでは、社会状態が、民主的な国民以上に、行政の集権の軛に囚われ
  やすい国民はない。(中略)
  革命は王政に反対すると同時に地方制度にも反対した。それは先行す
  るものすべて、絶対権力とその苛酷さを和らげうるものとの区別なし
  に憎悪した。革命は共和的であると同時に集権的であった。フランス
  革命のこの二重の性格こそ、絶対権力の友たちが細心の注意を払って
  利用しようとしたものである。』
と書いとります。

専制を和らげるというか、地方の権限が多ければ権力は分散される訳だか
ら、中央政府に集中しずらくなるわね。また権力に抵抗する「共通の利害
による個人の結合」という意味では労働組合にもそういう機能があったの
かもしれないね。
ラベル:自由 FREEDOM
posted by 浅谷龍彦 at 17:04| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 思索(自由) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。