2015年4月、とうとう定期検査の時期が来ました。検査内容は超音波と骨シンチ/アイソトープを本人の希望で2日に分けて。検査結果がわかるのは2週間後の診察の時でした。この診察までの間も不安でしたが、二人とも極力他のことを考えて気を紛らわすようにしてました。
そしてとうとう検査結果がわかる診察の日がやって来ました。で、結果が担当医から告げられました。妻の予感通り乳がんが再発したとのことでした。しかし再発といっても手術した右ではなく、新たに左にできてしまったそうで、さらにショックだったのが肝臓にも転移があり、それも肝臓の70%ぐらいに広がっているとのことでした。
自分はショックで「そうですか」としか言葉が出ませんでした。妻の方に目をやると妻も固い表情でしたが、妻はこういう時、決まって取り乱すことなく気丈に冷静に振る舞います。うる覚えてすが確か「やっぱり」とか言ったと思います。その後に何か冗談めいたことも言ったかもしれません。
それから担当医は「治療しなければ後半年です」と続けました。妻とアイコンタクトした後、それぞれに「治療します」と答えました。検査結果の画像も見たはずですが覚えてません。これも覚えてはないですが、それから再発がんの性質を調べる生検や、脳への転移を調べるMRIなどの検査の予約をしてこの日の診察は終わったはずです。診察が終わり会計に行く間、妻が「ショックだった?」と聞いてきたので「まあね」と答えた気がします。その他あまり話はしなかったと思います。
妻は買い物が好きなので、この病院に来て会計を待つ間は必ず売店に寄って服や雑貨を見て、向かいの花屋ものぞき、何か気にいると買って帰ります。帰ると言っても真っ直ぐに帰宅することはなく、ショッピングモールに行ったり、カフェやレストランに寄って行きます。それが妻の気分転換です。この日この後の記憶もありませんが、検査して治療するということだけは二人の間で共有できていたのは間違いなく、それぞれに先のことを考え始めていたと思います。
ただ自分はこの頃からなかなか寝られなくなりました。もともと夜更かしで寝る時間が遅かったんですが、妻の状況を考えてしまうと眠気がなくなってしまったのでした。そこで寝る前に、考え事をしないようにするためにビールや酎ハイを飲むようになりました。そしてこの状況を文字にしてブログに載せることができなくなりました。
妻の方は何年も前からスカイプでネットの友達と話すのが楽しみの1つになっていて、話し相手がいれば深夜でもリビングで話してたので、二人の寝るタイミングがずれていました。再発というショッキングな状況でも自分には気丈に振る舞う分、話せる友達にいろいろ話を聞いてもらっていたのだろうと思います。話し相手がいなくてつらい時には「いのちの電話」にかけて話したこともあったようです。
妻は話したいことはためておけないタイプなので、話し始めると気が済むまで聞いてあげる必要があります。ただいつでも自分が話を聞いてあげられるわけではないので、話を聞いてくれた友達のみなさんにも精神的にだいぶ助けてもらっていたと思います。
ラベル:乳がん