『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の第2章(P292)で
『富に対する疑念はきわめて真剣である。だが、その倫理上の決定的
な意味と関連を見抜くためには、もう少し立ち入って調べてみるこ
とが必要だ。道徳的に真に排斥するべきであるのは、とりわけその
所有のうえに休息することで、富の享楽によって怠惰や肉の欲、な
かんずく「聖潔な」生活への努力から離れるような結果がもたらさ
れることなのだ。財産がいかがわしいものだというのは、それがこ
うした休息の危険を伴うからにすぎない。というのも、「聖徒の永
遠の憩い」は来世においてあたえられるもので、地上において人々
は、自分が恩恵の地位にあることを確かめるために、「彼をつかわ
されたかたのわざを、昼の間にしなければならない」からなのだ。』
と書いとります。
貯めてもいいけど使っちゃダメ?
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