2007年05月28日

時間の浪費?

マックス・ヴェーバーは
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の第2章(P293)で
 『明白に啓示された神の意志によれば、神の栄光を増すために役立つ
  のは、怠惰や享楽ではなくて、行為だけだ。したがって時間の浪費
  が、なかでも第一の、原理的にもっとも重い罪となる。人生の時間
  は、自分の召命を「確実にする」ためには、限りなく短くかつ貴重
  だ。時間の損失は、交際や「無益なおしゃべり」や贅沢によるもの
  だけではなく、健康に必要な−六時間かせいぜい八時間以上のー睡
  眠によるものでも、道徳上絶対に排斥しなければならない。(中略)
  時間がかぎりなく貴いというのは、その失われた時間だけ、神の栄
  光のために役立つ労働の機会が奪いとられたことになるからだ。し
  たがって無為の瞑想も、少なくとも天職である職業労働を犠牲にし
  ておこなわれるばあいには無価値であり、ときには端的に排斥すべ
  きものとなる。』
とし、第2章(P298)で
『最初に(といっても中世のことだが)時間を区分して生活した人間が
 修道士だったということ、そして、教会の鐘ははじめ彼らが時間を区
 分するために役立てたのだということを忘れないようにしたいと思う。』
と書いとります。

寝る間も惜しんで働けっちゅうことやね。
"Time is money."はベンジャミン・フランクリンの言葉らしい。。。
今ではアメリカの100ドル札。
タグ:FREEDOM 自由
posted by 浅谷龍彦 at 20:08| 千葉 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 思索(自由) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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