2007年04月26日

レクの時間?

マックス・ヴェーバーは
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の第2章(P329)で
 『王制的・封建的社会は、台頭してくる市民道徳と反権威的・禁欲的な
  私的集会に対抗して、「享楽意欲のある者」を保護したのだが、それ
  は今日、資本主義社会が労働者の階級道徳と反権威的労働組合に対抗
  して「労働意欲のある者」を保護するのに似ている。それに対抗して、
  ピューリタンは自分たちの決定的な特性、すなわち禁欲的生活態度の
  原理を擁護したのだった。(中略)遊技はただ合理的な目的、つまり、
  肉体の活動力が必要とする休養に、役立つものでなければならなかっ
  た。(中略)「貴族的な」遊技であれ、庶民が踊りや酒場に行くこと
  であれ、職業労働や信仰を忘れさせるような衝動的な快楽は、ずばり
  合理的禁欲の敵とされたのだった。』
と書いとります。

また第2章(P338)では
 『クエイカー派にとって、(中略)「レクリエーション」としてゆるさ
  れていることは、友人の訪問、歴史書の繙読、数学および物理学の実
  験、園芸、経済関係その他の世俗事に関する討論、など』
と書いとります。

お固いですねえ。まったく。
なぜイギリス人がガーデニング好きなのか、フランス人がイギリス人につ
いて「人生の楽しみ方を知らない連中」と揶揄するのか、分る気がする。


ビル・フラナガンのインタビュー
ロックの創造者たち 28人のアーティストは語る』の中で、シカゴ・ブ
 ルーズの最重要人物の1人であるウィリー・ディクソンは「いいかい、
 昔の人っていうのは誰もが清く正しくあろうとおもっていたんだ。人が
 踊ったりすると罪深いというし、ダンス音楽を歌ったりすれば、それも
 また罪深いといった。だから、死んでから報いを受けるというような、
 天国に行くことについて悲しい歌を歌ったんだ。でもいまの人は、音楽
 といえば、楽しくて、踊れるもので、笑ったり、話したりすることがで
 きるものと思っている。」と語っている。

R&Rも「悪魔の音楽」だもんなあ。(笑)
タグ:自由 FREEDOM
posted by 浅谷龍彦 at 21:26| 千葉 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 思索(自由) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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