2014年03月16日

3.11 その7

*この記事は東日本大震災当時の様子を書いた
 一連の記事の続きです。

江戸川を渡り千葉に入ると風景は田舎に一変(笑)!
山や畑が見え出し、時々見える人影や走る車の様子もどこか
のどかで、昨日の震災はなかったかのようだった。
程なくして電車は東武野田線との乗り換え駅に着き、降りた。
野田線の状況はわからない。だがもう電車が走ってなければ
タクシーを拾って帰れるだろう。最悪奥さんに迎えに来てもら
う事も出来る所まで戻って来た。

普段は料金の高い北総線の改札を振り替え乗車という事で素通
りし、野田線のホームへと入った。野田線のホームでも電車を
待つ人達がそこそこいて、電車が動いている気配を感じられた。
ホームのアナウンスでも少ししたら電車が来そうだ。
女性と二人、ホームで野田線が来るのを待った。日差しが少し
暖かった。

野田線の柏方面行きの電車も10分前後でやって来た。
順調、順調!
やって来た電車はさほど混んでおらず、しばらくして座席に
座る事ができた。やっと一息つけた。

電車は普段と同じ感じで走って行く。
そしてとうとう降りるべき駅へと辿り着いた!
ぱっと見、何事もない天気のいい土曜の朝のまま。
女性と二人で降りて自宅へと歩いた。
やっと自宅に到着、鍵を開けて中に入ると奥さんが出て来て
軽く抱き合った。
奥さんと簡単に状況を確認し、一緒に来た会社の女性を車で
我孫子まで送る事を伝えた。

女性を車に乗せて我孫子にある会社の寮へと向かう。
途中の道にとくに異変はなかったが、1カ所だけ、わりと最近
に整備し直された田んぼ脇の道路が完全に崩れ、通行止めに
なっていた。手抜き工事だったっぽい。

手賀沼大橋を渡り我孫子に入った。少し行くとすぐ寮だ。
とうとう寮に着き、女性を降ろす。女性は何度もお礼を言い
笑顔で寮へと帰って行った。ほっとした。
ラベル:東日本大震災
posted by 浅谷龍彦 at 13:35| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(ぼやき) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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