2007年03月18日

賃銀率の引き下げ?

マックス・ヴェーバーは
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の第1章(P65-P66)で
  賃銀率を引き上げて労働者の「営利心」に訴える方法が成功しな
  いならば、その逆の方法、すなわち賃銀率を引き下げて労働者が
  以前と同額の報酬を得るためには前よりもよけいの労働を余儀な
  くされる、という方法が試みられたのは当然だった。(中略)民
  衆は貧しい間だけ、貧しいからこそ労働するのだということは、
  幾世紀を通じて信条となっていたのだ。(中略)
  しかし、一見はなはだ確実に見えるこの方法の効果にも限界があ
  る。たしかに、資本主義が発展しうるためには、労働市場で低廉
  な代価で雇用できる過剰人口の存在が必要だ。けれども、そうし
  た「予備軍」があまり多きにすぎる場合には、資本主義の量的な
  拡大は促進されることがありえようが、その質的な発達、とりわ
  け労働を集約的に利用しつくせるような経営形態への移行はむし
  ろ阻害される。賃銀が低いということと労働が安いということは、
  決して同じでない。』
と書いとります。

つまり賃銀が高くても、その労働者の生産性がそれ以上に高ければ、
利益は出るってことやね。
低賃銀は当面の利益確保にしかならない?
タグ:自由 FREEDOM
posted by 浅谷龍彦 at 00:46| 千葉 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 思索(自由) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うむむっ。
Posted by きたざわ at 2007年03月23日 19:04
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