2012年11月30日

自然状態(5)

さらに別の共同性の源泉もある。それは、死を前提とする種の保存原理だ。
自然権の行使は生存権の確保、自己の生を最大限拡大しようとする試みだが、
その試みを越えて、死は必ず訪れる。

種の保存は、自己保存の直接的な自己拡張の代わりに、子孫への自己複製を
通じての間接的な自己拡張を目指す。その自己複製による間接的な自己拡張
のためには、生殖相手が必要であり、子供が生まれた後は育てる必要が出て
くる。

特に、人の子は生まれた時点では何もできない。立てるように為るまでに1
年以上もかかる。草食動物の子が1時間ぐらいで立ち上がるのに較べて、何
と時間の掛かる事か!

子供を子孫を育てるためにまた共同性が生まれるのも必然である。だがそ
の共同性も確実で永続的なものではないという事もまた想像に難くない。
子供は成長し、一人前になると育ててもらった事など忘れてしまう。
そして成長とともに、その子もまた自身の自己拡張を目指す事になる。
posted by 浅谷龍彦 at 21:51| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | State of Nature | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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