2012年07月14日

不純であれ!

★これはTwitterでつぶやいたものです。
★アカウント:@TatsuhikoAsatan
----------
自由を擁護する者は、自由を否定する者の“自由”までも許容できなけれ
ばならず、民主主義を擁護する者は、民主主義を否定する者の意見をも
民主的に尊重しなくてはならない。それでなお、それらの者に主導権を
渡さないようにしなければならない(笑)
----------
ナチス理論家の法学者、カール・シュミットは、民主主義とは一つの同
質性であり「あらゆる現実の民主主義は、平等なものが平等に取扱われ
るというだけではなく、その避くべからざる帰結として、平等でないも
のは平等には取扱われないということに立脚している。」という。
『現代議会主義の精神史的地位』
----------
またカール・シュミットは、独裁をこう定義する。「独裁は民主主義の
対立物ではなく、権力分立の本質的な破棄、すなわち憲法の止揚、した
がって立法と行政の区別の破棄を意味するのである。」
『現代議会主義の精神史的地位』
----------
「真」の自由や「真」の民主主義は、その内部に自己否定を含んだ不純
な状態こそが真だ。否定を含まない「純粋」な自由や「純粋」な民主主
義は、ただの全体主義になる。
posted by 浅谷龍彦 at 00:36| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 解体(心象) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。