2011年09月13日

3.11 その2

5時を過ぎたくらいから少しだけ余震の間隔が長くなり、帰
り支度を始める人も出て来た。そこでまた館内放送があり
「階段の壁も剥がれていて危険なので、使わないで下さい。」
と流れた。が、それでも何人か帰り始めた。同僚の一人も、
家が比較的近いため歩いて帰る事を決めた。2、3時間で帰れ
るだろうと予測していた。僕は電車が止まった時点で、仕事
場に泊まるつもりでいた。まだ体力は温存しておくべきだと
思っていた。

そうしているうちに誰かが言った「また燃えてる。さっきよ
りも激しいぞ!」その言葉でまた東の遠くを見ると、さっき
と同じ所で更に激しい炎が上がっていた。誰もが「あれはや
べえんじゃねえ?」ともらしながら、食い入る様に見つめて
いた。後でわかったが、その炎はコスモ石油千葉製油所のガ
スタンクから上がる炎だった。

その後5時半頃か、3回目の館内放送があり、エレベーターは
停止、点検中。階段は注意して使用可、との事だった。これ
を聞いて歩いて帰ると決めた人が一斉に帰り始めた。同僚も
帰って行った。「気をつけて!」と送った。また、同僚の女
性のひとりは、揺れ続けるビルが怖いので、近くにある親戚
の家に行くとの事。その親戚のおじさんには連絡がついてな
いが、合鍵があるので家には入れるとの事だった。ひとりで
の行動は危険かと思い、もうひとり女性の同僚がいたので、
二人で非難してもらう方がいいだろうと判断して、二人で避
難してもらう事にした。

自分はもう泊まると決めていたが、ふとレンタカーは使えな
いか?と思い付き、近くのレンタカー屋を探して電話したが、
やはり既に全車レンタル済だった。ビルの周りの道路には、
夕方の帰宅ラッシュと、首都高閉鎖のために高速に入れずに
一般道に回った大型業務車両が溢れ始めていた。
posted by 浅谷龍彦 at 22:10| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(ぼやき) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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