2011年08月07日

否認

東電福島第一原発事故当初、関係者達はこぞって地震や津波が
対策想定規模を超えていたために事故が発生したと強調してい
た。しかしその想定自体が甘く、杜撰(ずさん)だったことが次
々と露呈してきて久しい。

原発「安全神話」の特徴のひとつに放射性物質漏出の否認があ
る。放射性物質が漏れ出る事態なんて「あるわけないから考え
る必要もない」という自己暗示/信仰が関係者を支配してきた。
この否認が放射能汚染への備えを皆無にし、事故対応が後手後
手、バラバラ、とにかく隠蔽へと流れていく大きな要因となっ
た。それが端的に現れているのが、モニタリングポストの扱い
だ。

素人考えでも、原発で何か事故が起こったら、まず放射性物質
が漏れてどこまで飛散しているか確認するために、通常よりも
モニタリングを強化し、測定をより細かく大規模に行う体制を
構築することから対応を始めるものだと考えるだろう。放射性
物質の有無がその後の行動を決定付けるのだから。
だから事故が起きたら当然モニタリングが増やされ強化される
のが当り前だ。ところが今回は地震、津波で通常よりもその数
が減った。なのに政府、関係省庁、地方自治体、関係事業者な
どが、その後もモニタリングポストの復旧を急いだり、緊急に
監視体制を構築したりといった対応をとったとは聞かなかった。

当初モニタリングを強化したのは、ほとんど民間人や有志の学
者個人だった。公的機関の対応は民間有志のモニタリング結果
を元にした訴えがあってから、やっと少しすこしずつ増え出し
たような有り様だ。自らモニタリングの強化さえしなかった当
事者達に一体どんな対応が望めよう?
要求がなければ、問題が表面化しなければ何もせずやり過ごし
たいというのがありありと見て取れる。

だが、実際は水、土地、農水産物、瓦礫、生活ゴミなど生活全
般にわたって放射性物質汚染が広がり、不安と混乱を引き起こ
しており、事態収拾の目処は立たない。
posted by 浅谷龍彦 at 15:35| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(ぼやき) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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