2011年06月26日

情熱大国

原発が「安全」と言えなくなった推進派が次に言い立てている
のは、「原発が止まると電力不足で経済が混乱する」という主
張だ。その言葉に真実味を持たせようと計画停電や節電要請を
行っている。
だがこれはたぶん逆の効果を生むことになるだろうと予想する。
現在稼働中の原子炉は54基中20基未満。このまま点検に入っ
た原子炉を再稼働できないと、来年春には全原子炉が停止する。
原子炉がひとつまたひとつと止まる度、「原発が止まると電力
不足で経済が混乱する」と言えば言うほど、不安を覚えるもの
あるいは企業は、他の代替エネルギーでの電力確保に加速度的
にシフトして行くのではないだろうか?
恐怖心、不安感がかえって原発からの乖離を促すように思われ
る。

現在の東日本を見ればわかるが、日常的に電力不足なのではな
い。ある特定期間のピーク時に電力が足らない、ということだ。
ピーク時以外では電力が今でも余っている。深夜帯とか。
もし大口需要企業が企業努力で、そのピークを分散させてしまっ
たらどうなるのだろう?
今でも既にそうだが、節電要請によって、企業活動や市民生活
が大きく変わって来ている。過去に散々議論されても導入され
なかったサマータイムが企業個別であっさり導入されている。
多くの人にとって変化は混乱に映るだろう。しかしこの混乱が
恒常化したら変化となる。もう震災・原発事故以前には戻れな
い。

今や反対派と推進派の立ち位置が完全に入れ替わってしまった。
東電原発事故以前は、反対派が、いつか重大な危機が来ると唱
えるのを、推進派は「オオカミ少年」のように扱っていた。
今では、推進派が「原発ないと電力不足で経済混乱」とふれ回っ
ている、それどころか原発維持のためには「経済的な混乱」を
3月の計画停電のように演出しようとまでしているようだ。
この原発への非合理的なまでの情熱はどこから来るのか?
この情熱は経済的なものではない。
posted by 浅谷龍彦 at 22:21| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記(ぼやき) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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