2006年04月22日

Imagine

John Lennon (from album 'Imagine', 1971)

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
No greed or hunger and no religion too

Imagine all the people
Living life in peace

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one

今やジョン・レノンの作った曲でもっとも有名になった曲、"Imagine"。
確かに歌詞の内容は理想主義的なものだが、けっして説教臭いものではない。
そして理想主義的な運動家の多くが今も昔も急進的なために(結果を急
ぎ過ぎて)批判している対象と同様の暴力を内包してしまうことになるが、
そのことにレノンはビートルズ時代から敏感だった。
1968年に"Revolution"という曲の中でレノンは
「革命を起こしたいんだって?それは確かに。
誰もが世界が変わる事を望んでいる。だけど暴力を口にするのなら、
俺を仲間から外してくれ。」と歌っている。

ちなみに、どこまで本気か分からないがローリング・ストーンズの
ミック・ジャガーも、同じ68年に"Street Fighting Man"という曲で
「貧乏なガキが、R&Rバンドで歌う以外に何ができる?
寝ぼけたロンドンの街に、暴徒のための場所なんてないぜ。」と
言い放っている。ローリング・ストーンズの一番の良さが、
この不真面目さなのは間違いない。真面目さも度を超すと硬直的な原理主義
へと変化する。彼らはまるで”ナンパするために平和集会に参加する男達”
の見本のようなものだ。

"Imagine"でレノンが歌ったのは、その理想主義的な内容よりも
「イマジネイション」そのものである。"Imagine"の歌詞をなにも考えずに
鵜呑みにして歌うなら、そこにはなんの「イマジネイション」もない。
小野洋子が現在の活動においても「イマジネイション」を主題としている
ことに目を向けなければならない。そしてその「イマジネイション」とは
ユーモアなのだ。"Imagine"には、レノンがもともと持っていたユーモアの
センスと小野洋子の持つユーモアの影響がはっきり現れている。

ローリング・ストーンズのオリジナルメンバーであるブライアン・ジョーンズ
はインタビューで「ミュージシャン仲間で一番変わってる奴は、ジョン・レノン
とボブ・ディランだ。」とかつて語っている。そのディランが"Imagine"の
約10年前に"Blowin' In The Wind"という曲で見せた「イマジネイション」
も決して偶然のものではないだろう。

How many times must a man look up
Before he can see the sky
Yes, 'n' how many ears must one man have
Before he can hear people cry
Yes, 'n' how many deaths will it take till he knows
That too many people have died
The answer, my friend, is blowin' in the wind
The answer is blowin' in the wind

この歌もディランをまじめに語る際に、必ずといっていいほど言及される曲である。
しかし、この歌には「答えがほしい」とか「答えをつかもう」、「答えを勝ち取れ」
といったメッセージは歌 われていない。煽動的なところはどこにもない。この歌の
語り手はいくつも疑問をならべた後「友よ答えは風に舞っている」という。ただ
そう繰り返すだけで「答えが欲しい」とも「答えをつかもう」ともいわない。
「答えは風に舞っている」と「友」につぶやくだけである。

60年代にディランはインタビューに答えて
「ただ、その答えは風に舞っているということだけですよ。本や映画やテレビや
ショーや議論の中には答えはない。 そうなんですよ。風に舞っているんです。
風の中に舞っているんです。ヒッピー達がやって来て、答えが何処にあるか私に
言って聞かせましたが、私はそんなことは信じません、やっぱり答えは風に舞って
いるんです。風に吹かれてくるくる舞っている紙切れみたいに、
いつかきっと降りて来るんです。」と言っている。
ディランはヒッピーが持って来た「答え」が間違っていると言ってるわけではない。
たぶんディランとって「答え」の内容などはどうでもいい。ディランが見てるのは
「答え」ではなく「答えが風に舞っている」光景である。もう誰もが「答え」は
なにかなどとっくに知り尽くしている。それは人々の「幸福」であり「平和」である
ことはもはや誰でも知っている。われわれが「想像」しなければならないのは、
「風」とはなにか?「答えが風に舞っている」光景とはなにか?ということである。

レノンやディランの「想像」は「こうなったらいいなあ」というような「空想」とは
似て非なるものである。また「こうするべきだ」という「教え」でもない。それは
「こうすることは可能だ」という肯定のメッセージだ。
それはまた楽観的でも悲観的でもなく、ただ肯定的なだけである。

小野洋子は『グレープフルーツ・ジュース』(初版1964年)という本の中でこう書いている。

 「ある金額のドルを選びなさい。
  そして想像しなさい。
  その金額で買える全ての物のことを。
  想像しなさい。
  その金額で買えない全ての物のことを。
  一枚の紙にそれを書き出しなさい。」

 「道を開けなさい。風のために。」

 「笑い続けなさい、一週間。」


※これは2004.10.3、Trans Comic Xpressに投稿したものです。
posted by 浅谷龍彦 at 03:31| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 随筆(ロック) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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