2010年10月24日

必要(3)?

かつて社会主義国では市場経済に代わる計画経済が行われていた。政府が生産や
流通、分配を管理して、計画的で無駄の無い経済を実現する、というものだった。
これに対して市場経済は無政府的で、統制が取れずに暴走するので、恐慌が起き
て混乱するのだとされていた。

計画経済では当然、今あるものを前提に経済活動を計画して行く。もちろんその
中には、新しいものに対する開発計画も含まれているだろうが、市場経済のよう
に誰かの突飛な発明品、新製品がマーケットに出現するような現象が起こる事は
少なくなるだろうという事は容易に想像される。

これに対して、市場経済のその無政府性こそが、新しいものが生まれる場所を余
地を与える。前回まで書いて来たように「必要」は事後的にしかわからない。な
にか新しい「必要」なものが生まれるまでには、無数の不「必要」なものが生み
出され、開発されるという無駄を経なければならない。

だが市場経済においても、この新しい「必要」なものを生み出すための余地、開
発コスト、研究開発費、無政府性(アナーキー)をどれだけ確保できのるか、許
容できのか、という事が常に問題となる。
posted by 浅谷龍彦 at 17:43| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思索(自由) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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