2010年03月29日

計算の時代 (1)?

今では誰もが、地球が球体である事を”知っている”だろう。
また同時に、地球が自転しながら太陽の周りを公転している事も”知っている”
だろう。

では、それを見た事がある人は?

16世紀にポルトガルのマゼラン一行が世界一周を果たして「地球が丸い」事が
実証された。しかし地球が回っている、自転している事はどうだろう?
もしかしたら、月面着陸したアポロ11号の宇宙飛行士達は、その着陸から帰還
までの間に地球が自転している様を見ていたのかもしれない。
(月にいた時間が約2時間半で、その間、月面上の活動に追われて、
 そんな暇はなかったか?)
地球の公転ももしかしたら、宇宙ステーションに長期滞在する宇宙飛行士は、
宇宙ステーションから見ているのかもしれないが、その事についての話題を聞
いた事はない。たぶん今更、地球の自転や公転を取り上げる必要もないのだろう。
それほどまでに、地球の自転や公転は周知の"事実"となっているのだろう。
では、どうやって約500年も前の16世紀に、コペルニクスは地動説を唱えたのか?
それは計算によって。

大航海時代のヨーロッパでは、遠洋航海に羅針盤と星図が必須であり、星図の
精度が重要だった。そこでコペルニクスは地動説を基に星の軌道計算を行う理
論を構築した。これにより、それまで使われていた天動説による星図と同程度
の精度の星図が地動説によっても作れるようになった。
その後ケプラーが、惑星の公転軌道が円ではなく楕円であるとして、さらに精
度の高い星図を作り、徐々に地動説が天動説に取って代わって行ったという事
らしい。
そしてその後、ニュートンによる万有引力の発見に行き着く。ニュートンが、
万有引力について書いた本のタイトルは『自然哲学の数学的諸原理』。

しかし、今でも地上に生活する人々の感覚にとっては、地球が動いているとは
感じられないし、太陽が東から昇り西に沈む。望遠鏡で太陽を見て、その黒点
の変化を見つけたとしても、それは太陽が動いているように感じられる。人間
の感覚で言えば天動説の方が正しいに決まっている。
ではなぜ、人は自分の感覚よりも計算を、数学を信じるようになったのか?

ガリレオは次のように言う。
「哲学は、眼のまえにたえず開かれているこの極めて巨大な書物
 (私は、宇宙のことを言っているのです)の中に書かれているのです。(中略)
 その書物は数学の言語で書かれており、その文字は三角形、円およびその他
 の幾何学図形であって、これらの手段がなれば、人間の力では、その言葉を
 理解できないのです。」

これはガリレオが『偽金鑑識官』の中で述べた、近代科学の方向性を明示した
とされる有名な一節である。ここでガリレオが「哲学」と言っているのは自然
哲学、つまり科学の事。この言葉を持ってガリレオが科学を基礎付けたとされ
ている。

このような科学の黎明期にあって、その数学主義を批判する者もいた。
コペルニクスの同時代人でコペルニクスを擁護した修道士、ジョルダーノ
ブルーノはコペルニクスを支持しつつも、その地動説が計算による数学的な整
合性に大きく比重が置かれている点を、数学的過ぎると批判している。
これに対して逆に、地動説を禁止していた当時のローマ・カトリック教会は
コペルニクスの説を単なる数学的な仮説として扱っていた、という。

コペルニクス:1473年〜1543年
ブルーノ:1548年〜1600 年
ガリレオ:1564年〜1642年
ケプラー:1571年〜1630年
ニュートン:1643年〜1727年
posted by 浅谷龍彦 at 00:10| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思索(自由) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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