2008年11月24日

法の起源?

ジジェクは法の正当性について『イデオロギーの嵩高な対象』の第1章(P62)で
 『このように、「抑圧」されているのは、法の曖昧な起源などではなく、法
  は真理としてではなく必然的なものとして受け入れられなければならない
  という事実、法の権威には真理は含まれていないという事実なのである。
  法の中には真理がある、と人びとに信じ込ませる必然的な構造的幻想は、
  転移のメカニズムをそっくりあらわしている。転移とは、法という愚かで
  外傷的で辻褄の合わない事実の背後には「真理」「意味」があるという仮
  定である。』
としている。

つまり法は正しいから受け入れられるのではなくて、受けられているから正しい、
という事らしい。これが「転移」の論理だ。一旦ある法律を受け入れた(転移した)
人にはその法律が正しく見えてくる。その人になんでその法律を受け入れるのか?
と聞いてみても無駄だ。その法律が正しいからだと答えるだろう。(笑)
受け入れた(転移した)人にその受け入れ過程を聞いても覚えてはいない。その過
程は「抑圧」されてしまっているから。その人にとってその法律の受け入れ過程は
謎であり、ブラックボックスになってしまう。つまり「国家状態」の中にいる人に
とっては「国家状態」が当たり前で、なぜ「国家状態」の中にいるのか?と改めて
聞かれても本人にはその理由が説明できない。

人がある法律を受け入れるという事は、その法律を施行した国家を受け入れるとい
う事であり、「国家状態」に入る事を意味する。ところでホッブスは国家の生成過
程について何といっていただろうか?

ホッブスは『リヴァイアサン』の第20章(P70)で
 『《獲得によるコモン-ウェルス》獲得 acquisition によるコモン-ウェルス
  とは、主権者権力が強力によって獲得されるコモン-ウェルスである。そ
  して、強力によって獲得されるとは、人びとが個別的に、あるいはおおく
  のものがいっしょに多数意見 plurality of voyces によって、死や枷 bonds
  への恐怖にもとづいて、かれらの生命と自由を手中ににぎる人または合議
  体の、すべての行為を権威づけるというばあいである。』
またつづく第20章のP75で
 『《勝利によってではなく、敗北者の同意によってあたえられる》だから、
  敗北者を支配する権利を与えるのは、勝利ではなく、かれ自身の信約であ
  る。あるいは、かれが征服されたために、すなわち打撃をうけ、とらえら
  れたり潰走させられたりしたためではなく、かれがやってきて勝利者に服
  従したためにそうなるのである。』

ここで注目すべきなのは「死や枷(投獄)への恐怖」という事よりも「強力によっ
て」という部分である。人々が「国家状態」に入るのは、あるいはその法を受け入
れるのは、そこにある「強力」つまりは軍事力を背景とした強制力によってだとい
う事である。そしてその「強力」に対する服従を信約する事においてその法を受け
入れるのである。だから、たとえどんなに素晴らしい法律があっても、なんの強制
力もなしに誰にでも受け入れられるとはいえない。強制力なしに人々が法を受け入
れるのなら、国家による実定法など必要なく、国家も要らず、自然法が守られる世
界が実現されているはずだ。

ホッブスは『リヴァイアサン』の第14章(P229-P230)で
 『《恐怖によって強要された信約は、有効である》まったくの自然の状態で、
  恐怖によってむすばれた信約は、義務的である。たとえば、私が敵に対し
  て、自分の生命とひきかえに、身代金または役務を支払うことを信約すれ
  ば、私はそれに拘束される。すなわち、それは、一方が生命についての便
  益をえて、他方がそのかわりに貨幣または役務をえるという契約であり、
  したがって、(まったくの自然の状態においてのように)ほかにその履行
  を禁止する法がないところでは、その信約は有効である。』
としている。

これが「国家状態」にある人々が遡及的に見出す既に契約してしまっている国家と
の契約内容である。この国家との契約を忘れ、国家を受け入れる過程を忘れた(抑
圧した)時、人々は真(信)に国民となり、「国家状態」が自然になる。
posted by 浅谷龍彦 at 12:24| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思索(自由) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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